練習環境

前にも書いたが、リストのエチュードを毎日演奏するようになっている。「超絶技巧練習曲」は高校1年生の試験で「第10番」を演奏したが、それ以外は譜読みの途中で投げ出してしまい、まともに弾いたことがない。こういう曲は若いころでなければ弾く気にはならないなどと思っていた。特に第4番「マゼッパ」と第5番「鬼火」が難しい。前者はオクターヴ、3度などの連続で体力が必要だと思うし、後者は急速な重音のトリルを見ただけでやる気がなくなってしまう上に、3ページ目のご覧の箇所で左手の半音の変化がなかなか厄介だ。

f:id:MickN:20210509070142j:plain

最近、この曲集を練習しようと思ったのはなぜなのかを思い出せないのだが、たぶん肩の状態が完治し、何かにチャレンジする意欲が戻ってきたのだと思う。「超絶」全曲は無理として(録音するわけでもないしリサイタルのプログラムとしても無理)、自分のテクニックで何ができるのかを確かめる意味でも、以下を譜読みして何とか弾けるまでに仕上げることとした。第1番「前奏曲」/第2番「イ短調」/第3番「風景」/第5番「鬼火」/第7番「英雄」/第8番「狩」/第10番「ヘ短調」/第11番「夕べの調べ」。最後の第12番「雪あらし(吹雪?)」も弾いてみたい曲だが、とりあえず8曲にした。

「鬼火」は譜読みの初めはやはり手こずったのだが、この種のテクニックではラフマニノフ前奏曲Op.23-9」(以下譜例)もかつて弾いたことがあるので、その時の練習法を思い出してみたところ、仕上がりのテンポの8割くらいなら弾けることが分かった。自分の演奏技巧を維持あるいは高めるために、この曲は練習を続ける。

f:id:MickN:20210509071449j:plain

さて、ようやく本題に入るが、昨今の新型コロナウィルスに関係して群馬県が「警戒度4」となり、またオンライン授業になったり、外出を自粛ということになったりしている。そこで考えるのは、音楽家、あるいは音楽を目指す人たちの練習環境についてである。練習場所に困っている人が多いという話を聞いたからだ。

かつて「ピアノ殺人」などという事件があったことを記憶しているが、日本全国にまだエアコンが普及していないころ、私の家でも夏は窓を開けて練習していて近所から苦情が来たこともあった。本人は良い音楽を奏でていると思っても他者からは単なる騒音に過ぎないということはよくあるし、「練習」とは同じことを何度も繰り返したりするので、苦痛に感じる人が多いのは当然である。高校生の頃(下宿生活)、夏は団扇でなんとか凌いでいたが、暑くなると団扇であおぐ、また練習すると暑くなる、ということの繰り返しであった。その後、父が扇風機を買ってくれたのは有難かった。こんな環境だったのだが、幸運だったのは私が住んでいた部屋。すぐ隣には家もなく、道をはさんだ正面は幼稚園という環境だったため、練習時間には困らなかったのである。試験の前など、夜中の1時ころ練習していたこともある。

さて、ピアノ以外の場合、マンション住まいの人で「声楽は禁止されている」という話を聞いたことがあり、なかなか大変だなあと思う。管楽器の人はどうなのか。打楽器の練習は? というように考えると、自宅で練習できないのでスタジオを借りたり、公共の施設、学校などでしか練習ができない、という人もいることと思う。それを「警戒度」により禁止されるという事態になったら? と考えると音楽家の練習環境についてはなかなか難しい問題があるはずだ。人に迷惑をかけるということがついて回るのが音を出す稼業だからだ。

かつて読んだ「近所がうるさい! ―騒音トラブルの恐怖(橋本典久著、ベスト新書)」にはさまざまな騒音についての問題が書かれていた。日本はまだ音に関しては大らかな文化のようにも思うが、風鈴の問題などを考えても、他者の迷惑にならないような音文化を考えることは必要だ。毎日ピアノの音を出している私の場合もその辺には気を付けてはいる。ただ、現在の家は遮音のことを考えて作ってあるため、訪問してきたお客さんに練習している音が聞こえず、留守だと思われたこともあるようだ。宅配便の人も気が付かないようなので、ドアホンの子機を増設してピアノ練習室に置いたのだが、今度は自分の音に夢中になってこちらが聞こえないということもあった(呼び出し音を大きくすればいいではないか、と思われがちだがそうすると今度はせっかく集中しているのに邪魔をされるのが嫌なので音量は小さめ)。わがままなのは分かっているが、練習時間は大切なのである。東京で 6畳+3畳のアパートに住んでいたころはよく電話がかかってきて、そのほとんどが大した用ではなかったため、電話機を押し入れの中に入れていたこともあった。その後、留守電を購入した。いろいろ思い出すが、昨今はメール時代になり、これはかなり良いことだと思っている(ただ、会話をしていたことが懐かしい気もする)。

とりとめがなくなってしまった。何はともあれ、早くこの感染対策・自粛時代が終わることを祈るばかりである。

 

手帳

高校生のころから手帳は使っていた。「能率手帳」だったと思うが、大学生になってからは「システムダイアリー」を使った。これは日本で最初のシステム手帳だったのだそうである。池袋の本屋さんで見つけたように覚えているが、どうだったか。リフィルが数多く用意されていて、大きさとしてはやや小さめではあるが、ケースに入れて管理できるという長所があった。当時の勉強にはA6カードを使用していたのでこの形になじみがあり、使いやすかったのだと思う。

それからまた能率手帳に戻ったり、「超整理手帳」「ダ・ヴィンチ」「高橋書店」「ダイゴー」などいろいろ使ってはみたのだが、どれも全面的には気に入らない。今年見つけた大学ノート型のものは、どういうわけかすぐ汚れてしまい、買い替えてはみたのだが何だかやはり気に入らなかった(仕事仲間でこれを使っている人も何人かいる)。

よく考えてみると、手帳(予定表)を購入するのは月日が印刷されているのが便利なだけであり、工夫さえすれば全くの白紙ノートでも予定表は作れる(手間はかかるが)。そして書いた情報は変更となることが結構あり、メモをしているとその順序を変えて並べたいということもよくあるのだ。それに気が付いて、「Googleカレンダー」を使うことを思いついた。これは実践している人も多いと思うのだが、スマートフォン、パソコンで予定を管理し、それをGoogleに反映させて保存するという方法である。紙に印刷したものを2か月分くらい印刷して持ち歩く。ご覧のようにバインダ―を持ち歩くことになる。やや重いのだが自分のオリジナル予定表という感じが気に入っている。「Jorte」を使っていたこともあるが、ZOOM、Googleドライブなどを誰もが使うようになっている現在、こちらの方が便利だと思っている。これで市販品を買う必要はなくなった。

f:id:MickN:20210505073938j:plain

ところで、前述のA6カードであるが。これはまだ使っている。こんな勉強法をしている人は今ではほとんどいないかもしれないが、これが結構便利なのである。パソコンの方がいいという人もいると思うが、まず電源の必要がないし、自分で文字を書くということで脳が活性化する。やはり自分で文字を書きながら勉強しないと身に付かないなあ、とは最近よく感じることなのである。


f:id:MickN:20210505075340j:image

 

「オンライン」文化

昨年の今頃のことを思い出している。新型コロナウィルス蔓延のため、大学の入学式もオリエンテーションも中止、授業もどうなるかわからない時期があったのだが、何とかオンラインで4月下旬から始められることになり、にわか仕込みの方法で始めたものだった。

当初は、ピアノの音に関してオンラインでは話にならず、お先真っ暗という感じもしたのだが、設定をいくつか覚えると音質は少し改善。Wifi やコンピュータの状況・性能などにも左右されるようではあったが、2か月の間、パソコンを用いての実技指導を体験した。

その後、この形態の授業での難しさは、教養の授業などで動画を見てもらう際の操作にあったのだが、何回かの失敗をへて理解できるようにはなった。そうしているうちに昨年度の後期も終了。今年度の実技関係では対面指導が始まったところであるが、また(短期間ではあるが)オンライン授業が求められるかもしれないという状況になっている。

仕事関係は自分の判断でできないこともある。そうなったら従うしかないと思ってはいるのだが、最近考えるのは、今まで当たり前だと思っていたことができなくなってしまった現在の状況である。確かに話をするときには飛沫はあるのだろう。しかしマスクだと表情は分からない。気持ちのこもった会話がどうも少なくなった気がするのは私だけだろうか。テレワークも結構ではあるがやはり人との直接の会話、コミュニケーションの大切さを感じる。

演奏会文化も変わった。クラシック音楽の演奏会では大声を上げることはほとんどないのでスポーツとは違うと思うのだが、やはり自分で開催した演奏会で何か問題が起こったら、と考えるとどうも消極的にならざるを得ない。そんな訳でこの5月に予定していたリサイタルも早々と中止を決定してある。おかげで自分の勉強時間は増えたのだが、どうも釈然としない。やはり公開演奏を目指して準備することに意義はあると思うからだ。

夏に演奏できそうだと書いたが、それについては決まり次第発表する予定である。しかし、この演奏会は限られた人が対象なので、私が企画する本格的なピアノ演奏会についてはかなり先になると思う。

リストのピアノ作品

リストの曲といえばあまり良い思い出はなかった。

中学生の時に課題として与えられた「パガ二ー二大練習曲」第6番は、最後までうまく弾けなかったし、大学生の時に受けたコンクールでは、数曲ある第1次予選課題の中で最も苦手な(だと思った)同練習曲第4番が当日抽選で当たってしまい、ミスタッチが多すぎて落選だった。中学生の特のコンクールで、受けなさいといわれて準備していた「演奏会用練習曲第3番」は予選落ちだったので弾けなかった。リストの曲というと良い思い出がない。

そんな訳で「ため息」ばかり弾いていたということでもないだろうが、リスト作品の演奏は若いころは避けていたように思う。いわゆる「トラウマ」だろうか。

年齢を重ねるうちに、実はリストの曲が自分では好きなのではないかと思うようになっている。2016年の高崎でのリサイタルでは「パガニーニ大練習曲」を全曲演奏することができた。このときにもちろん「第4番」も弾いたのだが、若いころできなかった弾き方を習得したように思って少しだけ嬉しかったことを覚えている(だったら若いころは何をやっていたのだ!)。

そういう、いわゆる「上級」テクニックについては高校・大学時代はとくに細かくは指導されなかったように思う。それは音楽高校の受験に合格したからではなかったのだろうか、というように最近は思うこともある。というのは高校受験まではエチュードが不足していて、数あるエチュードをあまり多く勉強していなかったからだ。高校に合格してからは課題こそたくさん与えられたが、テクニックについての細かい指導はあまりなかったと思う。それは、同世代の友人たちを見て学ぶ、あるいは「盗む」ということが指導の一環であったのだろうか、とも思うがよく分からない。とにかく高校合格後は大変な日々だった。

さて、最近、またリスト作品を勉強するようになっている。以前書いたように「超絶技巧練習曲」であるが、これは2014年に東京でのリサイタルを行った際にある音楽評論家から「リャプノフの超絶技巧練習曲全曲に挑戦してみませんか」と言われたことが理由である。その時はリャプノフの第1曲のみを演奏したのだが、バラキレフ「イスラメイ」をプログラムに入れたため難しい曲をそれ以上入れるのは無理だった。その後は公務もあり、なかなか新しいレパートリー、しかも「超絶技巧」などというタイトルの曲を練習する余裕もなかったのである。

現在、コロナ禍で演奏会も自粛の時代となってみると、練習の時間はたくさんある。そこでなにか継続的に勉強してみようと思って計画して昨年の春から取り組んだ。まずはモーツァルトソナタ全曲演奏、そして以前も実践したベートーヴェンソナタ全曲演奏。さらにバッハの「フランス組曲」「イギリス組曲」の全曲演奏。その後フンメルを計画したのだが、どうも自分の気持ち的に何か違う、という気がしていた。バッハの平均律は荷が重い。

そんな中で、この夏に演奏の場が与えられそうな状況になってきた。詳しくは決まってから発表するが、小品2曲くらいを演奏できそうだという話になっている。すぐ思いついたのは、リストの曲をまた弾いてみたいという気持ちである。

リャプノフも魅力的だが、その前に、まずはリストが「超絶技巧練習曲」を書いたということを知らねばならない。リストが書かなかった調性でリャプノフが超絶技巧練習曲をいわば「完成させた」とも言われていることを考えると、リストの技巧を知る必要があると思っている。私が弾いたことがあるのは標記練習曲のNo1/2/10/11のみだったので、もういちど第1番から勉強を開始した。これには全く新鮮な気持ちで取り組めた。

リストの「超絶技巧練習曲」の演奏で印象に残っているのは4人いる。まずはかつての「リスト弾き」と言われたシフラ。なかなか見事な演奏で、名人技巧の冴えを聴かせてくれる。次にアシュケナージ。抜粋の録音であるが、私が学生のころはかなり話題になったものであった。それまでの「目立とう精神(?)」という感じではなく、リストの音楽のさまざまな表情を見せてくれた演奏だった。次に(ベルマンについてはふれるつもりはない)ホルヘ・ボレットの録音だが、これは実にきれいな演奏である。若いころは迫力がないと思ってあまり好きではなかったが、最近はベヒシュタイン・ピアノの美しい音が味わえる名演奏のひとつではないかとも思っている。

私が最も心動かされるのはリヒテルの録音である。抜粋であるが、実はCDとほぼ同じプログラムを私は東京で聴いた。その時は「スケルツォと行進曲」もプログラムにあり、それはそれは「凄い」演奏会だったことを覚えている。あんなピアノをいつか弾いてみたいと思って何十年たっただろうか。

f:id:MickN:20210421210026j:plain

いつか実現すると信じるリサイタルで、リストの「超絶技巧練習曲」を何曲か弾いてみたいと思っている。現在第5番・第7番・第8番・第10番の勉強中である。いずれ、この曲集を演奏会で弾いてみたいが、全曲という訳にはおそらくいかないので(オール・リスト・プログラムというのは聴衆が気の毒な感もある)、5~6曲ということになるだろう。もちろんこういうプログラムを快く思わない人がいることは知っているのだが、それには今までの演奏文化上の誤解もあると思っているので、自分なりの演奏はできると考える。前回に企画したリサイタルは「ピアニズムの系譜」なので、この作曲家は避けて通れないと思っている。そしてそれが実現出来たらリャプノフの続き(?)・・・演奏活動はまだまだ継続していくことになると思う。

アンサンブルの必要性

「ピアノ学習における」という但し書きでお読みいただきたい。どんな楽器でも基本は独奏からであろうが、特にピアノ演奏の勉強では独奏が多いため、得てして独りよがりになりやすい、という意見は何度も聞いてきた。

単旋律のみを奏でる弦楽器(重音はもちろん出せるが基本的に、ということ)や管楽器などだと伴奏があってはじめて曲になるということが多く、自然とアンサンブルを学んでいくのだと思うが、ピアノでは、教則本のころに先生との連弾を行うことはあっても、中級くらいになるとほとんどが独奏になる。昨今のコンクール文化で、課題曲ばかり学習することになる、という現実もあるようだが、これでは音楽の楽しさのひとつ「 合奏」を経験しないまま育つということになり、あまり健全な音楽学習という気はしない。

そんな訳で、ピアノの指導には2台必要だと考えている。先生の範奏という意味以外に、学習者の演奏に即興で伴奏を加えて協奏曲風の体験をしてもらうことができるのが重要だからだ。この「即興」で音楽を編曲するという能力は今後の音楽家に必要となってくるように思うがどうだろうか。以前、学習者に右手だけ弾いてもらい、左手パートを違った伴奏にしたらどうなるでしょう、などとこちらで編曲してみたところ学習者の表情が実に嬉しそうに変わったことがあった。その後、オリジナルの譜面で演奏してもらったところ、その前とは全く違った生き生きとした演奏ができていることに気がつき、やはり音楽は「こう弾いたら楽しい」「こう弾きたい」「こんな音楽を表現したい」というように感じることが大事だと思った。先生から「こう弾かないとコンクールに勝てませんよ」などと習うことって何だろうか、とはよく思うことである。

「ピアノ協奏曲」を勉強することも大切だ。オーケストラの表現力に合わせるというアンサンブルの勉強になるし、表現の積極性も身につくと思う。

このピアノ協奏曲の話で、実際にオーケストラと共演をするときには、オーケストラの側から曲を指定されることがほとんどであることを意外と知らない人がいるように思う。というのは、例えばあるピアニストがアマチュア管弦楽団と何か共演できそうだ、というときに自分は〇〇を弾きたいのですが私に合っていますか、などと相談されることがあるので。自分から曲を決めるのは、例えば自費でオーケストラを雇って指揮者にも報酬を払う種類のコンサートを企画するような場合で、ほとんど現実的ではない。そんな訳でふつうは曲はすでに決まっていて、その曲を弾いてもらいたい、という依頼が来るはずである。そんな訳で、相談をされたとしても「それはオーケストラの方々と話し合ってください」としかお答えはできないのが普通である。

私の経験ではこんなことがあった。いずれあるオーケストラとの演奏ができるはずだが5曲のなかから選ぶことになるのでその5曲は準備しておいてほしい、という依頼である。モーツァルト(第21番)、ベートーヴェン(たしか第5番)、リスト(たしか第1番)、グリーグチャイコフスキー(第1番)、ラフマニノフ(第2番)、というような曲目が来て、1曲外してよいということだったのでチャイコフスキーは除外してもらったことを覚えている。それからは受験生のように練習をした。ちょうど購入したピアノ(ヤマハG2)に夜間練習用の防音装置がついていたので毎日夜中まで練習したものである。結果はモーツァルトに決まったのだが、実際に協奏曲を演奏するのはかなり緊張感のある仕事であった。練習は直前の1回しかなかったこともプロならよくある話。

アンサンブルの演奏会開催でも、先ほど書いたように練習はそれほど多く設定できないことが多い。普通は2回くらい、多くて3回合わせて本番、となる。また2台ピアノの演奏会は企画してみたとは思うが、昨今のコロナウィルスの蔓延の中で、いったいいつ実現できるのかは分からない。しかしアンサンブルの演奏は大事なので、その時期が来たらすぐに何か演奏できるようにはしておきたいと思うところである。

 

ドイツ語の勉強

大学の外国語の授業ではドイツ語を履修していた。ドイツ音楽について深く勉強したいから、というのがその理由だったのだが、何だか難しくて大変だったことを覚えている。

動詞が二番目の位置にくる、だとか枠構造、などは理解できたのだが「接続法」あたりになると何が何だか・・・そんな訳で単位を取るのもやっとというありさまだった。辞書は「新現代独和辞典」を古書店で買って勉強した。

大学院に進み、もし留学したらということもあるし、基本的な会話くらいはできないといけないと考え、ドイツ語学院ハイデルベルクに通うことにした。ここでは何のために接続法が使われるのか、ということなどやっと理解できたことを覚えている。しかし朝の授業を何回か欠席してしまったりして、やはり良い勉強ができたとは思えない。私は本格的な留学をしていないので、やはり現地へ行って勉強しないとモチベーションが上がらなかったのだと思っている。

それでも、当時の教科書を見ると色々な書き込みもしてあり、結構まじめに勉強していた形跡もある。しかしどの程度自分のものになったのかと思うと全く自信がない。自分は語学には向かないのだろう、というのが若いころの結論だった。

f:id:MickN:20210404162908j:image

最近、大学の授業シラバスを英文でも書く必要があったり、学生の留学についての推薦書を書くことになったりして、英語が苦手ですとは言えない立場である。そして自分の研究テーマは昔から「楽譜の意義」ということだったので、西洋音楽の楽譜に書かれている注釈くらいは読めないといけない。そのため、まず英語は自力で翻訳でき、基本的な英作文の能力も身につける必要がある。

そんな訳で、文法の本を脇に置きながら厚い辞書を引くことが多くなっている。英語関係ではシューマンについて訳していることはすでに書いたが、今年度の教育・研究のテーマのひとつである「即興演奏」について調べ始めたらドイツ語文献を読む必要がでてきた。そこで昔の気持ちに戻って、ドイツ語文法の復習をしているところである。何を読んでいるかは、翻訳ができてからお知らせすることにしたいが、これは結構楽しい仕事である。

全9章ある本の、現在第6章まできた。もう少しである。

話し言葉

私が子供のころは言葉使いについて大人からよく注意された。

「うん」という相槌は友達同士ではよいが目上の人には絶対だめ。「~だろう」という言葉は「~でしょう」と言いなさい、とよく直された。「ぼく」などと言っていたら友達から「そうね。“ぼく”がやるんだよね」などと揶揄されたこともある(これは高校生の時)。「俺」か「私(わたし)」でないといけなかったようだ。

ここ数年、TVを見ていてアナウンサーがよく「うん」という相槌を使っていることに気づく。こういうことを気にするのは私だけなのだろうか、と思って調べてみたらやはり気になる人はいるようだ。

komachi.yomiuri.co.jp

投稿者氏の年齢は分からないが、新人が入ってくるという言い方からある程度の年齢の管理職の方と思われる。若い方にはもはやこんな考え方は通用しないのかも、と思うのだがどうなのだろうか。

「なんだろう」「なんだろーなー」の濫用も私にはいささかうんざりすることもある。しかし年配の人なら聞きやすい話し方をするとも言えない。「えー」「あのー」の多用など、いろいろな世代で今でも聞かれる。これらは感動詞というものになるのだろうが、「ええ」について『三省堂国語辞典 第六版』では②の意味として「〔たいらな調子で〕次のことばが出なかったり、間を置いたりするときに そえることば」とある。落語家などが話の始まりに「えー、毎度ばかばかしいお話を・・・」というのは自然に聞こえるが、すべての文章の初めに「えー」が来るといささか気にはなるということ。こんなサイトもあった。「チコちゃん」でも取り上げていたようだ。

toyokeizai.net

 少なくとも接続助詞の使い方は間違えないようにしたいとは思っているが、私もかつては「だから」という接続詞を使いすぎることに気づいたことがあった。自分の話し方を録音することは非常に勉強になると思う。

言葉は変化する。そしていつの時代もその時代に合った言葉が自然であるということに異論はない。しかし、例えば学校の先生やアナウンサーや商品のプレゼンをする人などが方言で話したり、不自然な文法や言葉使い、くだけた言葉など使用することはどうなのかな、と思うことがある。たとえば「違ったら」を「違かったら」という話し方など。「すごい」の連発も気になる。

でも、自分の体験でも「標準語」ですべて話す人というのはアナウンサーくらいのもので(?)、アクセントが違うということはあっても仕方がないと思っている。関西の言葉などは時々聞くと新鮮に思うこともあるので。「キモい」はあまり使われなくなったように思うが「やばい」はまだ健在。言葉についてはいろいろ考えることも多い。