古典派の装飾音

例えばモーツァルト「ピアノ・ソナタ KV457」の第1楽章テーマのトリル。これを隣接(副次)音から始める演奏をよく聞くが、私はこれは主要音から始めるものだと思っている。それはエヴァパウル・バドゥーラ=スコダ著『モーツァルト 演奏法と解釈』を読んでそのように判断していたからなのだが、昨今のピリオド楽器奏者たちの多くは2度上の音から弾いているようだ。この演奏だとリズム的な特徴が感じられないように思うが、いかがなものだろうか。

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KV457(ベーレンライター版より)

こういう装飾音について、前掲書では装飾音について書かれた最後に、以下のように書いてある。

この章で扱った問題は時に非常に面倒であり、音楽史の様式に関する知識とともに音楽的な感情移入の能力によることが大きい.教本やモーツァルトの出版楽譜などに単純化された規則を見かける.編者はその都度出くわす問題に妥当した解決を見出したと思っている. 実際演奏者にとっては,すべての装飾音を同じように解決できれば,はなはだ都合がよいのであるが,残念ながらそれのできないことが多い.責任を知る芸術家は「単純化された」規則に安逸に従うことはできないのである。

 全くその通りであって、演奏家は規則に従っていればよいというものではない。いかにして美しく、いかに心のこもった音楽になるかを感じ、演奏を行うことが大事なのであって、ルールに基づいていればそれが良い演奏、ということにはならないと思う。

ただ、一般的な常識としての装飾音について知っておくことは必須である。エマヌエル・バッハ正しいクラヴィーア奏法への試論(邦訳:“正しいピアノ奏法” 東川清一訳、辻壮一/服部幸三監修、全音楽譜出版社)』や、テュルク『クラヴィーア教本(東川清一訳、春秋社)』は常に座右において参照している。ときどき、あれはどうだったかなあ、と忘れかけている時にこれらの本が有効である。ベートーヴェンに関しては、児島新『ベートーヴェン研究』を参照するのがよいと思っている。

トリラー、プラルトリラー、シュネラーについて、一般的にまだ誤解している人も散見される。ピアノを習う人たちは、まず古典派のこういう装飾法について、そして基本的な和声法についてしっかり学ぶことが必要だと思うのだが、現実には自分で判断できず専門家に聞く、そしてその通りに従っていれば安心といったことが多くはないだろうか。

少なくとも、ある装飾音の入れ方については自分で判断でき、なぜそのように弾くかについて人に説明できるような能力は必要だと私は考える。

久しぶりにモーツァルトのピアノ・ソナタを何曲か演奏してみて、こんなことを考えた。