モーツァルト「ピアノ・ソナタ」を弾く(3)

第1巻後半の続き。

私が使用している楽譜は、基本的にはフュッスル/ショルツによるウィーン原典版(1973)およびベーレンライター社による新全集版(1986)だったが、最近ウィーン原典版が新しくなったのでそれも参照している(ライジンガー/ショルツ/レヴィン、2004)。この新旧のウィーン原典版を比べてみるのは大変勉強になることで、たとえば「ハ長調 KV279」第2楽章の三連符と8分音符の扱いについては新版の「演奏への助言」でロバート・D・レヴィンが詳細に解説していて、分かりやすい。旧版は楽譜上の注として装飾音の奏法が書かれていて見やすいし、校訂報告も詳細で参考になる。新版はレイアウトが変わった部分があり(KV310など)、自筆譜と初版が前後に並べて表記される(KV284)などの違いがある。私としては旧版になじみがあるのでそちらで演奏する方が好みであるのは事実であるが、「ニ長調 KV311」第3楽章のデュナーミクが旧版と違っていたりして、いろいろな発見があって面白かった。以下は二種類のウィーン原典版の違いである。ベーレンライター版は第58小節はウィーン新版と同じ、第68小節は第58小節と同じ、つまり2番目の8分音符からpになっている。

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旧版

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新版

こういう箇所について、校訂報告を丹念に読むことが重要だ。ベーレンライター版では自筆譜にある精緻な記載を修正する必要はないとの見解が述べられているし、ウィーン新版では「自筆譜ではpの位置が不明確」とされている。これでは分からない。自筆譜を見るしかないのかも。ウィーン旧版を見ると初版には誤りが多いと記されている。該当箇所については「(自筆譜)第58小節ではpはむしろ小節冒頭に、第60小節ではむしろ小節中央に置かれている」とある。現在の段階では、これらの示唆と、モーツァルトの他の作品にみられる音楽語法などから判断するしかない。

さて、第1巻の残りの2曲であるが、「イ短調 KV310」の主題、第2小節については、若い頃よりずっとエヴァパウル・バドゥーラ=スコダ著『モーツァルト 演奏法と解釈』による「歌唱掛留音」だと思ってきた(KV332終楽章第16小節にもみられる)のだが、これは現代では書かれた音価どおりの短前打音で奏されるのをよく聴くようになってきた。同楽章第10小節には8分音符で書かれており、それとの違いを指示するものとも思えるし(「ハ長調 KV330の第1楽章第19小節のように)、バッハに見られるように後で奏法を書いたとも思える(平均律第1巻ニ短調フーガ第29小節)。これについてはもう少し研究してみたい。このテーマの冒頭を8分音符で奏する人もいる(リリー・クラウス/グールドなど)ので、なかなか装飾法も難しいと思っている。この楽章でもうひとつ話題にしたいのは再現部の装飾音。ウィーン新版では冒頭と同じようにDIsの前打音が書かれており、「第80-87小節は自筆譜では記載されず Da Capo 7 mesure」と表記されている」とのこと。なるほど、それで今まで前打音付きの楽譜があったのかと初めて知った。ウィーン旧版でも校訂報告には書かれていたが「アウフタクト嬰二音によって無効となるもの」とあったのでそれをずっと信じ込んでいたのだ。これについてももう少し考えてみたいと思っている。

後半、と言いながら何度も投稿してしまっているが、古典派の奏法に関してはまだ勉強してみたいことが山ほどあるので、今後もこのように少しずつ書いていきたい。