モーツァルト「ピアノ・ソナタ」を弾く(4)

さらに続き。

実は、第1巻については2日で演奏していたのだが、その後の考察に時間がかかっていてこのように分割した投稿になっている。

第1巻の最後は「ニ長調 KV311」である(ウィーン新版の場合。旧版では KV310が最後)。この曲もオーケストラ的な書法が指摘されることが多いが、冒頭などは「ピアノ協奏曲第9番“ジュノーム”」にも雰囲気が似ているような気もして、いろいろな楽器を想像しながら演奏すると楽しい。この曲を学習していた時に、使っていた楽譜は音楽之友社版だったが、これはかなり問題のある楽譜だったと思う。というのは提示部の以下箇所は全終止のあとにさらに2小節の音形が続く面白さをもつものなのだが、これを再現部と同じように直してしまっているからである。初めてギーゼキングのレコードを聴いた時は驚いた。楽譜と違うではないか! と思ったのだが、こういうことは何か所もあり、当時の私が「エディションの相違」について問題意識を持つきっかけとなったと思う。

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KV311

この楽章はまた、再現部が第1主題から始まらないという特徴を持つ。これは例外的なものだと思っていたのだが、C.ローゼンによれば「このセクションに対する伝統的な名称は誤称である」ということで、「第1群のどこからでも始めることが可能だった」と記されている(『ソナタ諸形式』福原淳訳、アカデミアミュージック)。彼はまた「この世紀のもっと後で、再現部の開始の所で冒頭の数小節を奏するのを避けることはなお可能だったが、その際一般にそれらを最後に取り戻すことが必要とされた」と述べている(前掲書)。この楽章はそのよい例であるし、クレメンティの「ピアノソナタ 嬰ヘ短調 Op.25-5」第1楽章も同様の書き方がされているので、古典派のソナタ形式といっても色々であることが分かる。

第2楽章はト長調 アンダンテ・コン・エスプレシオーネの美しい楽章で、伴奏音形のバスを長い音符で記譜する、いわゆる「フィンガー・ペダル」の指示がみられる。特にコーダでのオクターヴを超えるアルペッジョは、ダンパーペダルを当時使っていた根拠となるものであろう。私がこの楽章で好きなのは以下のようなトリルの美しさで、これはしばしば彼のピアノ協奏曲で(2台のピアノのための協奏曲「第10番」第2楽章を思い出してしまう)聴かれる音である。

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第2楽章より

第3楽章は「Rondeau」。主題は前打音、スタッカートが特徴で、ヴァイオリンで奏すると効果的ではないだろうか。もちろんピアノでも演奏効果があり、ダイナミックな音楽になっている。この楽章の強弱記号がエディションにより異なっている点については前回述べた。今回指摘したいのはロンドC主題の書き方で、まず右手で奏されるロ短調の旋律が左手に移り、さらに反復進行となるところが非常に美しいと思う(演奏技巧的には難しいが)。カデンツァも登場することから、やはりこの作品は協奏曲的な性格を持っていると考える。

次回は「第2巻」についてであるが、今度は1週間くらい後になる予定。まずは数日間をかけて演奏をしていく。