モーツァルト「ピアノ・ソナタ」を弾く(5)

この一連の投稿は今後1週間くらいで終了させる予定、としたい。

第2巻を演奏してみた。

まず最初に「ハ長調 KV330」。この作品では装飾音について昔から疑問がいくつかあった。まず第1楽章冒頭テーマのトリル奏法である。主要音と補助音(2度上)をトリル3連符で指示する楽譜が多いように思うが、主要音から始める人と補助音から始める人がいる。さらにトリルの後打音も弾く(ウィーン旧版)もあり、さまざまである。旋律の流れからは(前の音がHであるため)主要音Cから奏するのがきれいだとは思うが、補助音Dがおかしいとも思えない。まあ、こういう箇所はその時の気分で・・・

譜例はウィーン旧版の指示である(注にあるものを一緒に併記)。

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KV330 1Satz

第37小節のトリルは急速に演奏して6連符になるのが普通のようだ。ハイドンにも例がある。第129小節はF-G-F というトリルが普通のようだが、急速な場合は短前打音ひとつに省略することも許されると習った覚えがある(ベートーヴェンピアノソナタ第11番第1楽章第10小節も同様)。この楽章は明るく軽やか、そして「比較的演奏しやすい」と言われているようだが、こういう装飾音が結構難しいと思った。

第2楽章はヘ長調「アンダンテ・カンタービレ」。中間部がヘ短調になるのが特徴で、最後に移旋されて楽章を閉じるが、この最後の4小節は自筆譜にはないとのことである。自筆譜重視という考え方をとるのはこういう曲をみるとやや危険なように思う。というのは「KV332」の第2楽章のように、初版に見られる装飾の方が明らかに優れていると思われる曲が多いため。あとから出版社に指示をしたということが考えられよう。ただ、モーツァルトの手によるのかどうか、ということに関してはウィーン新版の「PREFACE(まえがき)」を読むとある程度の推測を行うことができる。

第3楽章はアレグレットで、モーツァルトらしい活発な音楽である。この楽章の以下のトリルは、私は譜例のように習った(音楽之友社版。前記譜例のように併記してある)。

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KV330 3Satz

 

このように演奏する人もいる(W.ギーゼキングなど)ことは確かだが、前の休符があることから、ターンのように3つの音を前に出して付点を演奏する方法をとる人も多いようである。この装飾音について、ウィーン旧版は「第1楽章第37小節参照」とあり、より簡単な奏法としてf:id:MickN:20200324191235p:plain の指示もある。基本は「E-Fis-E-D-E-Fis」の6連音で演奏することのようである。これについて考えてみたが、第1楽章はアレグロモデラートだが32分音符などの細かい音符がたくさん用いられており、フィナーレはアレグレットだが急速な音符は16分音符の3連符までである。両方とも4分の2拍子。私はやはり第3楽章のアレグレットはあまり速い演奏効果を狙って演奏すべきではないと思う。アレグロとアレグレットは違う。そこで装飾音だが、第1楽章と第3楽章のトリルを同じに考えなくても良いのではないかと思った。「それではどう弾くのですか」と言われそうであるが、そのうち演奏するのでその際にぜひ聴いていただきたい(^^)。

次に有名な「イ長調 KV331」である。ここで私が何か言う必要がないほど有名な曲であるので、問題と思われる個所について数点。まず第1楽章の「変奏3」「変奏4」に現れるオクターヴ奏法、手の交差などではペダル効果が欠かせない。当時は膝による装置であったが(私も復元楽器を演奏してみたことがある)付点4分音符単位程度の踏みかえならできるように思う。現代のピアノなら全く問題ない。モーツァルトピアノ曲でのペダル用法についてはしばしば言及されているが、こういう箇所の用法をよく覚えたうえで、基本は指でのアーティキュレイションを重視することが大切ではなかろうか。それからマルコム・ビルソンの演奏などを聴くと、主題を除いて「繰り返し」ではときどき装飾を加えている。これは必要なことかもしれない。これについてはウィーン新版の「まえがき」にも書かれている。

第2楽章の第24小節からは「イ長調」がオリジナルとのことだが、原典版のほぼどれもが「イ短調」であるべきとの見解を示している。ベーレンライター版では「第24~26小節の伝承は明らかに腐敗している(Takte 24-26 des Menuetts ist offenbar korrupt)」とまで書かれており、確かに「和声的に納得がいかない」とのウィーン新版の見解は支持されるべきだろう。ギーゼキング、クラウスなどの録音などでこの箇所を長調で弾くのを聴くことはできる。確かに第25から26小節で突然短調になるのには抵抗がある。

第3楽章「トルコ行進曲」。現在、このテーマの前打音を「短く弾いてもいいと思います」などと言うピアニストが増えてきたようだが、昔はバックハウスなどの演奏に聴かれた。私にやはり違和感がある。この問題についてははっきりとした根拠をもって発言できるまで個人的な意見は控えておくこととしたい。ベートーヴェンの「ピアノソナタ第7番「Op.10-3」における前打音(第53小節以降)についても同様である。

ヘ長調 KV332」。第1楽章テーマは穏やかな情緒をもつもので、私はペダルを使用して弾く。これはF音の保続音に特徴があると思っているからである。終止の後にメヌエット風の旋律、ニ短調のパッセージと展開していくが、子どもの頃学習した際にちょうどモーツァルトの伝記を読んでいて、なぜかこの曲を聞くとその頃のことが思い出される。

第2楽章 アダージョ はピアノ協奏曲第11番の緩徐楽章と雰囲気が似ているように思う。第5小節で変ロ短調に転調するなど陰影に満ちているのが特徴で、装飾も細かく美しい。初版譜の際に加えられた装飾稿を演奏すべきであるのは普通の考え方であろう。 

第3楽章は華やかで急激な音の流れが特徴で、ピアニスティックな魅力にあふれる。第16小節は歌唱掛留音という意見があるが、クラウス、ヘブラーギーゼキングバックハウス、ビルソンなどは短前打音で弾いている。知っている演奏家で歌唱掛留音と解釈しているのは例えばホロヴィッツなど。こういう事実を考えると、シューベルトの3連音などの問題についても思い出すのだ。ベーレンライター版などでは付点音符は3連音と合わせて、と指示されているのだが「冬の旅」の「あふれる涙」では連符の外に出して演奏されることも多い事実(私の経験でもそのように弾いてほしいと声楽家から頼まれたことがある)。学問と実際の演奏との乖離は現実的にはあり、ショパンの楽譜についてもいろいろ思い当たることがある。まあ、装飾音がどう弾かれるべきかということはそれぞれ個人の趣味でもあるので、あまりこだわるのもやめにしたい。この作品は後のベートーヴェンピアノソナタ Op.54,57など)ウェーバーソナタ第1番、メンデルスゾーンの諸作品などにみられるピアニズムを予感させる名作と考えている。モーツァルトソナタでいつか演奏したい曲としてはまずこの「KV332」を挙げたい。その他には(次回登場の予定だが)KV533/494などである。

・・次回に続く・・