楽典(4)

楽語の話のつづき。

発想標語にもいろいろあるが、前回書いた大崎滋生著『音楽演奏の社会史』には、「レッジェーロ leggiero (軽い)という形容詞はあっても、レッジェロメント leggieromente という副詞はイタリア語にはない」と書いてあり、ショパンは自分しか使わない非常に凝った言葉をひねり出したので有名と書いてあった。そんな言葉が使われているのか、と調べてみると「バラード第1番」「プレリュード Op.28」第3曲で用いられている。楽譜をみるとショパンが書いたのは「leggieramente」であるが、これらの作品を学習していた時は、別にこの言葉を気にしたことはなく、「leggiero」と同じ意味だと思っていた。作曲家が用いた言葉には何らかの意味があるはずなので、普通と違った言葉が出てきたらそれについて良く調べる必要はあるはずだと思っている(譜例はバラード第1番より)。

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普通の楽典の本に載っていない楽語ということでは、リストの作品で何度か辞書のお世話になった。コンサートエチュード「ため息」での languendo、「超絶技巧練習曲第10番」の disperato, precipitato などである。リストのこれらの用語はロマン派らしい発想標語だと思う。

イタリア語の辞書を見ないと意味がよく分からない言葉のひとつに「lusingando」があると思う。『音楽辞典 楽語(音楽之友社)』を見ると「媚びるように、優しく」とあり、なぜこのような言葉を使うのかと思ったものだ。使われている例を二つ。ひとつはウェーバーの「ロンド・ブリランテ」(以下)、

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もう一つはモシュコフスキの練習曲Op.72 の第1番である。

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後者などはたしかに「媚びるような」楽想かもしれないが、問題なのはこういう作品を中学生くらいの生徒に学習させるときにこの言葉の意味をどういう風におしえるべきかということ。『小学館 伊和中辞典』には lusingare を「1. へつらう,取り入る,甘言でつる/ 2.大いに喜ばせる,満足させる;くすぐる」などとあり、lusingando は「〘音〙甘美に、優しく」とあった。上記のパッセージ、どちらも「やさしく」で良いと思うが、dolce とどう違うのか、についてはある程度理解も必要だと思う。

そういえば、リスト、プロコフィエフが使用した「precipitato」だが、前述の『音楽辞典 楽語』によれば「殺到して」と書いてあり、長年この訳を覚えていたのだが、『伊和中辞典』だと「1.まっ逆さまに落ちた/2.急な,火急の,大急ぎの,大急ぎでなされた,性急な」となっている。森田学『音楽用語のイタリア語(三修社)』によれば「precipitando」は「accelelandoよりもさらに激しく加速する」ことを意味するとある。「--tato」「--tando」は意味が少し違うようだ。以下箇所は「性急に」という訳が適切のように思うが、子どもの頃に覚えた「殺到して」という訳はどこから出てきたものなのか、少し調べてみたいような気もしているところである。

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楽語については、気が向いたらまた投稿する予定である。