SNSの使い方

ある若者から勧められたことで、当初はなかなか良いかもと思っていたがやめてしまったことが二つある。ひとつは調律師のこと。もうひとつは FacebookというSNSのアプリである。

調律師は今まで何人もの人と付き合ってきたが、理想的な人はなかなかいなかった。ここ5年くらいは、この人なら大丈夫と思う人に任せられるところまで来たのだが、それまではなかなかうまく行かなくて、これでは自分で調律の資格を取らないといけないのかな、とまで思ったことがある。前述の若者からはある調律師を「とても腕の良い人だから是非一度依頼してみては」と紹介され、お願いしてみたのであるが、腕は確かで、ピアノのメンテナンスの方法も教えてもらった。しかし仕事の進め方にあまり好感が持てなかったこともあって、本格的な調律(整調)に関しては一度きりのお付き合いとなっている。こういうことは実は何度もあった。

もうひとつのSNSであるが、フェイスブックというものはそんなに便利なものなのか、と思う。何度か使ったが、自分の知らないうちに友達申請が行われたことがあり、最初のうちは夜中に寝ぼけてリクエストのボタンを押してしまったのかもと思い、お詫びの連絡を何度もしていた。ところが、今回は(利用は3度目)間違いなく誤動作である。寝室にスマートフォンは持ち込まなかったからだ。昼間も一度もフェイスブックは使っていない。それなのに覚えのない人から「友達リクエストありがとうございます」という連絡を丁寧にいただき。これは何か危ない状況になっていると判断した。

その逆に、全然会ったこともない人からの友達申請ということもあるが、これは「共通の友達」から何となくわかるようなこともある。ただ、アカウントを作り直した3回目には海外の人からやたらに申請が来て戸惑った。最初は、以前の反省から、リクエストは基本的に承認するという立場を貫こうとしたのだが、どんどん横文字の人から連絡が来ると何だか不自然な感じもした。これは名前の表記をMasaki Mikuni としていたからだと気づき、日本語表記にしたところほとんど来なくなった。いったい、どんな目的で「友達」になりたいのかもよく分からないが、とにかく意味不明の連絡が多すぎる。そして、この私もそんな意味不明の連絡に一役買っているのだとしたら何だか怖くなってきたのである。

それなら他のSNSはどうなのか。Twitter は時々使っていたが、これは演奏会の広報のためである。私が所属している音楽愛好会に時々投稿していたが、全部私の書いたものと誤解を受けたこともあり、最近は本名で使うようなった。ペンネームで好き勝手なことを書くより、本名での発信をした方が世の中に少しは貢献しているような気がするから、ということもある。

話題は変わるが、以前書いた「シンコペーション」について興味深い文章を見つけた。吉田秀和著『ベートーヴェンを求めて(白水社1984)』の中で、「交響曲第5番」第2楽章について「付点音符のついたリズムのシンコペーション」と書かれている(p.189)。以前読んだときはこれが何のことを指しているのか分からなかった。今回、もしかすると第1主題のことを指しているのではないかと思うようになった。付点のリズムで、「シンコペーション」であるとは思わないのだが、そういう考え方はあるのだろうか。今後、調査してみたいと思っているところである。

(付記: 第4~6小節に長い音符があることで強拍が移動、それがシンコペーションなのだという意見を頂いたが、吉田氏の文章はそのような意味合いで使っているのかがよくわからない。Wikipediaによればシンコペーションは「拍節の強拍と弱拍のパターンを変えて独特の効果をもたらすことを言う[1]。主に、弱拍の音符を次の小節の強拍の音符とタイで結ぶ、強拍を休止させる、弱拍にアクセントを置く、の3つの方法がある[2]。」とのことなので、その最後の意味では該当する。ただ、第5小節のバスのリズムははっきりと強拍を示しており、この曲を何度も聞きすぎたせいでしょう、と言われればそれまでなのかも知れないが私にはシンコペーションというようには思えないのです・・・)

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