最近の勉強

即興演奏について考えることがよくある。現代ではあまり習うことが無いように思うのだが、実は大事なことではないだろうか。

ただ、20世紀のさまざまな音楽を経験した現代、12音技法での即興演奏はほぼ不可能と思うし、ピアノの内部奏法、偶然性の音楽、など「何でもあり」という音楽をすでに知っている我々としては、例えば全く考えもなく適当に鍵盤を叩いたものでも「芸術」になるのかという問題はあると思う。私もそのようないい加減な奏法を、ある時に「即興」と称して行ったところ賞賛されそうになったことがあって、これは苦笑するしかなかった(こういう時はすぐに「今のはでたらめに弾いてみたものです」と言っておく)。

やはり即興演奏が感動を呼ぶためには、何らかの形式感、様式感が感じられなければ駄目だと思う。その演奏がきれいなソナタ形式を示している、あるいは主題を変奏させている、自由な幻想曲風である、などである。こういうことは、少なくともバロック、古典派までの音楽を熟知していなければできないので、そういう勉強を本来はすべきなのだと思っている。

この即興演奏は何度か公開で行ったことがあるのだが、事前に用意したものと思われないために、その場にいた何人かに主題を作ってもらう方法をとった。これはものすごい緊張感であるが、自分でまさに今音楽を作っているという実感があって結構楽しいものであったことを覚えている。ただ、何度も行うものではなさそうだ。

現代のピアノ指導を見るとたいていは「コンクールに向けて」「受験に向けて」というものになっており、これはこれで仕方のないこととは思うのだが、どこか「音楽」の本質とは離れているような気がしている。そのため、コンクール向けの指導を私は基本的に行っていない。

ところで、話は変わるが、最近は肩の痛みがまだ治らないこと、演奏会の予定がほとんどなくなったことから、練習時間は以前より減った。そこで学生時代に購入した楽譜(オーケストラの小型スコア含む)を取り出して復習することにしている。これは結構楽しいものである。昨日はベートーヴェン交響曲第4番」「第5番」「第9番」を読み直してみたが、第4番の第1楽章183小節のバスのことは初めて知った。

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これは昔から持っている音楽之友社のスコアだが、数年前に買ったベーレンライター版だとここのバス(譜例の3小節目、F音)は休符となっており「ベートーヴェンの誤りにすぎないだろう」と注が付けられている。たしかに大多数の指揮者はこの音は演奏させていないようだが、アーノンクール/ヨーロッパ室内管弦楽団の録音では聴くことができる。平野昭ほか編『ベートーヴェン事典(東京書籍)』によると「ベートーヴェン交響曲はどう演奏されてきたか」という項で「フライング的な演出であろう」と書かれていた。一度は読んだところなのだが(鉛筆で下線が付けてある!)はっきり意識したのは今回が初めてのような気がする。

第5番は幼少期から何度も聴いていた名作なので、すでにこの曲のことは知っているという思いがあったことは否定できない。しかし、楽譜を見てみると、フレーズの構成が時に不規則であることを確認したり(第3楽章第324小節以降など)、第2楽章の意味について深く考えることができたり、第4楽章の形式について考えることができたり、いろいろと有意義な時間だった。やはり複数の楽譜を読むことが大切だと思う。

第9番はしばらく聴いていなかったが、それは年末になると恒例で演奏されることへの嫌悪感からだった。久しぶりでクレンペラー盤を聴いてみると、やはり名曲である。特に第3楽章でのホルンの使い方は勉強になった。

「何をまたそんな細かいこと」と言われるかもしれないのだが、これが作品あるいは演奏の研究であると考えているので、今後もこういう勉強は続けていきたい。