演奏慣習について

標記について調べてみたいと思っている。

というのは、二つのことが気になっているから。ひとつは「ラフマニノフ流はただのクセじゃない」という間宮芳生氏の文章、もう一つは最近聞いたブルーノ・ワルター、そしてモーリッツ・ローゼンタールの演奏から考えさせられることがあったからである。演奏は楽譜のとおりに演奏すればよいというものではないが、それにはバロック~ロマン派時代の演奏慣習を知ることが大事だと思う。

詳細は考えがまとまってから書くこととするが、間宮氏の考え方は「加速が起るとすれば和音の変わり目のところ、フレージングに話をおきかえるなら、一つフレーズの終結点は大てい次のフレーズの起点と重なり合うか、もっと深くオーバーラップしている」とし、昨今の「ゆっくりまたぎ」での演奏について言及している(『音楽の手帖 ピアノとピアニスト』1980、青土社)。

ワルターの演奏で気が付いたことは、例えばベートーヴェン交響曲第4番」の第2楽章などで聞かれるように、楽譜に書かれているより短い音符をより短く演奏する傾向があることである(ブラームス交響曲第4番」でも時々感じられるリズムの取り方)。
付点音符を複付点のように演奏することはバロック音楽の序曲では普通にみられることであったが、古典派・ロマン派にも何らかの形で受け継がれたのだろうか、と思わせる演奏がローゼンタール演奏のショパン「ピアノ協奏曲第1番」である。

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この演奏を聞くと、ピアノで奏する第1主題はかなりリズムが鋭くなっている。こういうことは戦前では普通だったのだろうか。

以上の素朴な疑問について、今後考えてみたい。続きはいずれまた・・・