「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ」の勉強(4)

演奏はしばらく休むが、楽譜の調査は継続している。

ピアノ・ソナタ第29番 Op.106(ハンマークラヴィーア)は長大な作品である。初めて勉強したのは大学院入試の課題曲になったときだが、この時は第1楽章のみだった。修士課程修了演奏で全曲を演奏した時は、とにかく長く、暗譜が難しかった記憶がある。

この曲自体は中学生のころから聞いており、特にアルフレッド・ブレンデルが来日した時にこのソナタを演奏していたのが記憶に残っている。中期作品の特徴に第1楽章の構造を不安定にするということがあったが(「テンペストソナタなど)、この曲の冒頭は自信に満ちており、「それまで聞いたこともないような響き」と何かの解説に書いてあったが本当にそんな感じだ。第2楽章がスケルツォ、第3楽章の長大なアダージョ、という楽章構造は「交響曲第9番」をどこか思わせるものがある。そして第1楽章の第2主題などでは同交響曲の雰囲気に似ているような感じもすると思う。作曲されたのは1817~19年、1818年に書かれた作品はこのソナタ1曲ということで、彼がこの曲に全精力を注いだことが想像される。

第1楽章冒頭はC.ローゼンが「身体的ジェスチャーが音楽の意味にとって重要だと認識させてくれる」例だというもので、「両手で弾くとベートーヴェンのねらった効果が半減してしまう」と言う。ただ、リサイタルなどでこの箇所を左手で演奏するのは音を外す恐怖と戦わねばならず、実際に音を外してしまう、あるいはリズムが不正確になるといった状況を生み出しかねない。そこで私が演奏した時(2012年他)はトーヴィの提唱する方法を応用した。それは左手ではB1-bの2音の跳躍を演奏し、右手でf-dの和音を演奏する方法である。この主題は力強く、オーケストラのような響きが特徴であるが、繰り返した際にアウフタクトオクターヴにして演奏する人がいることには賛同できない。これは例えば「熱情」ソナタ第1楽章のクライマックスでC音をオクターヴで演奏することにも言えるのであり、私は書かれた音で演奏するべきと考えている(例外はソナタ第7番Op.10-3くらい)。

第1楽章第210小節の音については諸説あるのだが、ベーレンライター版だと Gis を採用している。この音に説得力があるとされているのだが、私は今までずっとGで弾いてきた。調号は h-moll を示しているし第205小節にみられるような短調長調の揺れだと考えるのが、もう少し調べてみたい。その先、第224小節からの再現部に向かう音でオリジナル楽譜は Gis - Ais を示しているがこれはGis‐ A と読むべきだと考えている。ベーレンライター版もそのように表記している。根拠は注解書に書いてある通りだと思うが、念のためにベートーヴェン作品の再現部がドミナントから導かれない例があるのかを調べてみたことがある。これは面白い。確かに何曲かあるので(交響曲第7/8番、「大公 」トリオ、ピアノソナタ「告別」など)、突然 B-dur に復帰というのも分からないでもない。しかし、G- Gis- Aisという進行より半音階的に進んでドミナントと考えたほうがベートーヴェンの音楽らしいのではないかと考えるのだ。この曲のエディションで、1975年にJohannes Fischerが編集したPeters版が興味深い。ロンドンで出版されたエディションも参考にしながらいろいろな音を解釈しているのだが、特に変わっているのは第1楽章第365小節2拍目裏からのバスG♮音をGesとしていることである。フェルマータまで短調という音の流れもなるほどという感じがするが、私はここはGで(長調で)演奏することにしている。

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(左:ベーレンライター版、右:フィッシャー編ペータース版)

フィッシャー版では第2楽章にアダージョを置いているが、これはベートーヴェン自身がロンドンでの出版にそのようなことを言っている、ということを根拠とし、さらに楽章の終わりの音から次の楽章に進むときに自然だというようなことが書いてあった。これも一考に値すると思うが、「第九」と同じ時期に構想された作品ということを考えるとやはり第2楽章はスケルツォであるべきなのではないかと思っている。これももう少し研究が必要。このアダージョにはいろいろな音の問題があるが、それは演奏してみてから、また考えを書くこととしたい。フィッシャー版の注解を読んでみたところ、第4楽章のフーガ主題には、そのころベートーヴェンが関わっていた(編曲を依頼されていた)スコットランドの民謡との関連も指摘されており、非常に興味深いものがある。

今日のところはこのくらいで。右肩の状態は東洋医学の治療に切り替えてからかなり良くなってきた。先週は5分も演奏すると痛くなって休まねばならなかったが、現在は30分くらいは連続演奏ができるまでになってきた。まだまだであるが、もう少しの辛抱だと思っている。