音楽の退化(?)

私が小学生だったころだと思うが、男性の4人組で歌を歌うグループがあった。その前には「グループ・サウンズ」という音楽もあったように思うが、今から思えばアイドル的な歌手が次々と出てきた頃だと思う。

このグループの歌を聴いていて、なぜ4人とも同じ旋律を歌うんだろうか、と疑問に思ったのを覚えている。音楽には重唱、合唱という歌い方があるのに、なぜそのようにしないのかということ。これも現代のポップスを思えば、歌って踊って「見せる」ことが重要だったのかもな、と変に納得してしまったりする。

美しいハーモニーを聴かせてくれる歌手(グループ)は「ハイ・ファイ・セット」「サーカス」などがあった。本来音楽はこの人たちのように和声的な美しさも求めていくものだとは思うのだが、楽しみ方は自由なので、現代のJ-popに対して批判をしようとは思わない。しかし最近「初音ミク」なる音楽を聴き(千本桜とか)、1分くらいたった時、これはもう耐えられないと思ったものだ。とにかく音楽が単調で、コード進行が面白いわけでもない。ノリがいい、と言うこともできるのであろうが。私のような年齢ともなると、もうこのようなやたらテンポが速い音楽にはついていけない気がする。

ハイ・ファイ・セット「スカイ・レストラン」

サーカス「アメリカン・フィーリング」

そもそも、音楽は、いろいろな音の組み合わせ、変化を楽しむものだったのではないだろうか。協和音ばかりの音楽では飽きるし、かといって全部不協和音では落ち着かない。長調短調の移り変わり(副三和音の使用など)も面白いし、思わぬ転調を聴くと、はっとさせられるようなこともある(シューベルトなど)。そして基本的なテンポは聴いていてついていけるものであってほしい。そんな音楽を聴きたいのだが、クラシックの作品で知らないものに出会うことも少なくなった。すでに知っている音楽を聴くとき、必然的にその演奏がどうなっているのかに関心が向くのであり、その作品の美しさを感じ取ることができるのか、というと、どうもよくわからない。先日、何年も聴いていなかったブラームスの「交響曲第1番」をワルター/コロンビア交響楽団の演奏で聴き、久しぶりでこの曲の第1楽章の再現部に感動したが、そういう体験はあまりなくなってきたように思う。

というわけで、知られざる名曲を1曲でも多く知りたい、と思う私の基本姿勢は変わらない、という話である。

・・・右肩の痛みはだいぶ良くなってきたので久しぶりで投稿しました。できれば週1回くらい書きたいと思っています。