ショパン作品の演奏

ようやく体調が以前のように戻り、ピアノの練習が苦痛にならなくなってきた。

チェルニーの練習曲を復習して思ったことであるが、演奏会で弾く曲ばかり練習することには問題があると思う。その曲は弾けるかもしれないのだが、次に新しい作品に取り組むときに技巧がついていかない可能性も出てくるからだ。腕の使い方といってもさまざまで、いろいろな音形に対応する必要がある。

それなら「ラジオ体操」をすればいいでしょう、という考え方もある。実はこの半年間、体操を行ってきた。その効果は確かにあったが、やはりピアノの実践でないと分からないことも多いというのが実感である。

さて、今まで勉強はしたが公開演奏で弾くことを躊躇してきた作品はいくつもある。例えばブラームスの「ヘンデル変奏曲」、ショパンピアノソナタ第3番」など。前者は名曲ではあると思うのだがフーガの主題を弾いているとなんだか気持ちが乗らないし、後者は最終楽章のコーダが上手く弾けない(全くお恥ずかしい次第である)。このコーダの半音階的進行について、なんで左手と右手でこんな不自然な進行をするのかな、という気持ちで以前から練習をあまりしなかった。しかし最近反省し、この部分を練習し直してみると、以前よりスムーズに弾けることを発見したのである。これはなぜなのだろうか。やはりチェルニーがよかったのか? よくわからない。ショパンの半音階進行は色々な曲でみられることなのだが、もう少し練習をしてみて結論を出してみたいと思っている。

そう言えば最近、ショパン作品を演奏していない。これもなぜなのだろう? ショパンには名曲が多く、多数のピアニストが演奏しているからかもしれない。私はどうも流行に乗るのが苦手で、他人と何か違うことをしてみたい人間である。多くの人が演奏するベートーヴェン作品を演奏してきたのは師匠に対するご恩返しの意味と、自分なら他者とは違う演奏が出来そうだと思ったからで、さすがにリストのハンガリー狂詩曲だとかショパンのバラードなどで、自分らしい個性を発揮できるかというと自信はあまりない。それゆえ「知られざる名曲」を発掘して演奏することに生きがいを感じても来た。

しかし、そんなことを言っているとテクニックに偏りができるように思い、若い頃のようにショパンエチュードも時々練習するようにしている。以前とは違い、かなり難しいものがあるが、さすがショパン、というところを発見できるようになって、まだまだ音楽の奥深さを感じるこの頃である。

身体の調子が良くなると、また演奏会のプログラムを考えたくもなるのだが、昨今は新型コロナ対策で、リサイタルどころではない。あと1年くらいかけて、いずれ実現するであろうリサイタルのプログラムを考えたいと思っている。

今後の柱は二つ。リストの超絶技巧練習曲集(抜粋)、そしてショパンの諸作品(ノクターンスケルツォソナタなど)。これらを毎日の日課として少しずつレパートリーの拡大を図ろうと思っている。