フンメルのピアノ作品(3)

ウニフェルザール版の作品を全曲演奏するのはまだ途中であるが、個人的サイトにある「ピアノ作品研究」を少しずつ更新しながらその成果を記録していくことにしている。今回演奏したのは「ピアノ・ソナタ(第4番)ハ長調 Op.38」および「ロンド 変ホ長調」「幻想曲 変ホ長調 Op.18」「気まぐれな美女 ポロネーズ Op.55」である。細かいことはここでは省略するが、初期のフンメル作品ではモーツァルトクレメンティの影響が大きいことは以前書いた通りで、それとともに緩徐楽章での装飾句、変奏の技術が目立つことが分かる。旋律の美しさを聴かせようというよりはとにかくピアノの技が前面に出ているような印象を受ける。最後のポロネーズでは、ショパンのチェロとピアノのための作品「序奏と華麗なるポロネーズ Op.3」を思い出すようなパッセージがいくつもあった。

 演奏技巧の誇示という点では、スカルラッティクレメンティなど「ギャラント・スタイル」と呼ばれる作風を持った作曲家などに多く見られると思うが、ベートーヴェンにも時々ある。たとえばピアノ協奏曲第1番にみられるオクターヴグリッサンドのような技巧である。

ここでふと思い出したのが、パガニーニの存在であった。『平凡社 音楽大事典』でパガニーニの項を見ると「99年から演奏旅行に」出て、各地で成功を収めたとある。ヨーロッパ各地での演奏活動は「28年のウィーンをはじめとして」と書いてあり、シューベルトが彼の演奏を聴いたのはこの年の3月29日ということである。ちょうどその3日前にシューベルトは「自作発表演奏会」を開催していたが、演奏会の日程を何度か変えたことが渡邊學而著『大作曲家―生涯と作品シリーズ  フランツ・シューベルト(芸術現代社)』に書かれている。最初は28日に決めていたということなので、やはりウィーンの聴衆の話題がパガニーニの演奏会のほうに行ってしまうのを気にしていたのであろう。シューベルトが800ウィーン・フローリンという収益を得たことは幸いだったし、そのお金のおかげで非常に高価だったパガニーニの演奏も聴くことができたそうである。しかしその後、この年の11月19日に彼は亡くなってしまう。

事典を読むことでいろいろなことが想像できるということはあり、フンメルはどうだったのかということが気になった。ひとつ思いつくのは、彼の作品に「幻想曲「パガニーニの思い出」ハ長調 WoO.8(S.190)」という曲があることだ。1831年の作品ということなので、彼はワイマールで1819年から1837年までカペルマイスターの役職を歴任、1830年にパリ・ロンドンで演奏旅行、などが分かっている。この時代に彼がパガニーニを招聘したということが「作曲家 J.N.フンメルの研究ノート」というサイトに書かれていた(ヨハン・ネポムク・フンメルの生涯

この時代は面白い。他にフィールド、クラーマーなどの音楽にも興味がある。ベートーヴェンパガニーニの演奏を聴くことはなかったのであろうが、作品の存在については知っていたのか、そうではなかったのか。など考えだすときりがない。

ところで前述の事典の「パガニーニ」の項の次に「パガニーニ運弓」という言葉が掲載されており、ご覧のようなボウイングのことだとあった(平凡社『音楽大事典』より)。「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲第1楽章にある16分音符群は現在しばしばヴィオッティ運弓で奏されるが、19世紀にはほとんどパガニーニ運弓が用いられていた」と書いてある。「ヴィオッティ運弓」を調べようと思ったら何も書いていなかったのでこれは残念。現在では普通に聞かれる演奏法ということなのだろう。

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こんなことを最近調べている。