コンクール雑感

何事も度が過ぎると飽きられてしまうということはある。音楽には特にそれを感じるのだが、街中にあふれる音あるいは無駄な音楽の氾濫を聴くと、人々は私ほどは音楽を気にしていないのではないかと思うことも多い。

ところで、先日ある演奏会を聴きに行った。ピアノコンクールで受賞された方々の演奏ということだったのだが、なかなか興味深いものがあった。皆さんそれぞれ、さすがに受賞されたということもあり充実した演奏をされていたと思うのだが、どうも二つの傾向に大別されるように感じたのである。

一つはとにかく難易度の高い曲を選び、大きな音を出そうという傾向。もう一つは(おそらくコンクールとは違う発表の場で先生が来ていないから?)指導を受けず我流で演奏しているタイプ。後者についてなぜそのように判断できるのかというと、常識では考えられないようなテンポの揺れだとか譜読みの間違い等がかなりある演奏だったからである。

どちらにしても聴いていて心地よくない。それは演奏者に「音楽を聴いてもらおう」という姿勢が感じられないからではないか、とふと思った。前者は、とにかく頑張ってます!という風にしか聞こえないし、音がすぐに飽和状態のようになってしまう感じがする。後者は「変わった演奏」が目的としか思えず、聴いていて何だか健康に悪そう。

コンクールも数が多くなった。まあ、この形態の音楽を無駄なものという気はないが、音楽は「心」を伝えるためにあるはず、と思うことはよくある。作品に込められた作曲家の想いというものがもちろんあるはずなので、演奏者の主張ばかりが前面に出てくるとなにか違う、という感じがしてしまうのだ。

しかし、ただひたすらコンクールに勝つためにピアノを練習する人もいる。それは自由であるが、私はそういうタイプの演奏をもはや聴く気はしなくなっていることに気づいてしまった。